

短大は、企業など受け入れ側からみてその卒業者の使い勝手のよさ、ルーチンワーク的事務職としての有能さや、比較的短期で退職していくという人的回転のよさなどから、時代の要請にフィットし次々に新設されていった。その後、職場のOA化、四大卒女子の職場進出の可能性が広がったこと、婚姻事情の変化、短大の二年間の過密カリキュラムでは、勉学に忙しくて留学どころか海外旅行もままならないなどの世の中の変化によって次第に短大離れがはじまり、四大志向が顕著になっていく。ともあれ女子の大学・短大進学率(大学合格率)は、一九六〇年(昭和三上五年)に五・五パーセントであったものが十五年後の一九七五年(昭和五十年)には三二・四パーセントに達し、第一次進学率アップ期の大きな下支えとなるのである。
[参考]
大学受験予備校の四谷学院公式サイト
http://www.yotsuyagakuin.com/
安い、マンツーマンの指導、しかも我が子が勉強できるスペースや教材まで用意してくれる。指導料や人件費、光熱費、施設費、教材費など、もろもろの経費はだれが払ってくれるのでしょうか?個別指導塾は、もうけは二の次でなるべく多くの子どもたちに学力をつけてほしいと願うあまりにボランティア事業でもやろうとしているのでしょうか?これらの答えは簡単です。どんな分野の商売であれ、最も経費がかかるのは人件費です。その人件費をけずればいいわけです。つまり、講師にしわよせがいくわけですね。その個別指導塾の広告に掲載されている写真をながめて見ると、背広姿にネクタイをきっちりしめた男性講師が教室を背景に写っています。いかにもその個別指導塾の専任講師、つまりその会社で研修を受けて経験を積んだ講師のようにみえます。
[参考]
四谷学院個別指導教室について
http://yotsuyagakuin-kobetsu.com/
初期の頃、受験生たちは模擬試験受験後に手渡される個人成績表に表示された合格可能性をみて「俺が受けるんだ。余計なお世話だ」と反発さえした。あるいは合格可能性評価が出されるプロセスをしつこく聞いてきて、「ああそういうことか。A評価で統計的には合格圏にいるけれど、油断するなということだな」「D判定だけど、これから頑張れば手の届く可能性はあるんだ」などと、自分でデータの意味を消化して学習の励みとしたものである。しかし昨今では、この目途としての情報の受け止め方が、ずいぶん当初の意図するところから外れてしまっている。情報というものはある程度時を経て信頼が積み重なってくると、ひとり歩きをはじめるのである。一回の模試でA評価が出ただけで、お祝いの晩餐会ですし屋に連れて行ってもらったり、入試にはまだ時間がたっぷりある一学期の模試で、E評価が出たからといって、直ちに志望大学を変更してしまうなど、困った状況も起きているのだ。予備校はあらゆる機会を利用して、情報の意味や正しい受け止め方を伝えようとしているのだが、それは情報のひとり歩きの怖さを痛感しているからである。